2026年5月27日水曜日

なぜLOMI溶媒脱脂装置はノルマルヘキサンを選んだのか

 「なぜLÖMI 溶媒脱脂装置は、溶媒にノルマルヘキサンを選んだのか」をテーマにその理由を考えてみました(私見です)。

塩化メチレン、パークロロエチレン、ノルマルヘキサンで比較しています。

《理由1:バインダー構造との相性(HSP値の適合性)》

MIMバインダーの溶解性は、単一の鉱物油や脂溶性汚れに対する攻撃力の強さである「Kb値」だけで決めるのではなく、溶かす樹脂(バインダー)の極性に近い「溶解度パラメータ(HSP値)」が決定打となります。ノルマルヘキサンのKb値は塩化メチレンに及びませんが、バインダー成分としてEVA(エチレン・酢酸ビニル共重合体)を使っている場合、ヘキサンだけが、EVAとの相性が非常に良く、成形体の保形性を維持しながら、バインダー成分を効率的に抽出・脱脂することができます。

《理由2:抽出速度(拡散性)の向上》

ノルマルヘキサンのKb値は塩化メチレンに及びませんが、沸点が高いため、40℃〜50℃程度に加温して処理を行うことで、溶媒の拡散性が高まり脱脂速度は飛躍的に向上します。

仮にEVAを配合しないMIMバインダーであれば、処理温度を90℃まで上げられるパークロロエチレンの溶解性が最も良く、次いで塩化メチレン、ノルマルヘキサンの順になります。しかし、下記の総合評価によってノルマルヘキサンが選ばれています。

《理由3:資源の100%内製リサイクル(経済性と品質の安定)》

ノルマルヘキサンは蒸留再生が容易で、装置の構造もシンプルにできます。蒸留すれば約90%のヘキサンを新品同様のクリーンな液として回収・再利用が可能です。

装置内で手軽に蒸留再生ができれば、常に新鮮なヘキサンを脱脂槽に供給できるため、脱脂プロセスの時間や仕上がり品質をに一定に保つことができます。

《理由4:安全性の克服(防爆技術の確立)》

ノルマルヘキサン最大の欠点は、引火点が極めて低い(約 -22℃)点です。しかし、LOMI装置は、欧州の厳格な防爆規格である「ATEX認証」をクリアし、「溶媒脱脂・乾燥・溶媒再生」を密閉一体化させた革新的な安全システムを開発・提供することで、このリスクを完全に克服しています。

《理由5:環境・人体への毒性リスクの低減》

塩化メチレンは、高い発がん性リスクや環境負荷、厳しい法規制が大きな課題となります。急性毒性(致死量)のモノサシで比べても、ノルマルヘキサンは塩化メチレンに対して約12倍〜15倍安全(毒性が低い)であり、現場の作業環境改善の観点からも極めて有利です。


【珈琲ブレイ句】私が勤めていた会社では、自社で溶媒脱脂・蒸留再生装置を作っていました。また、独立して都立大学でお手伝いをした時も、自分で蒸留装置を作ってヘキサンを蒸留再生していました。大学の実験装置レベルで、溶媒脱脂・蒸留再生ができるのです。この「扱いのシンプルさ(プロセス管理のしやすさ)」こそが、工業生産においてヘキサンが選ばれる隠れた最大の理由なのかもしれません。

関連BLOG:溶媒脱脂の溶媒比較一覧表

関連BLOG:なぜ溶媒脱脂推しなのか説明します

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2026年5月23日土曜日

BJT「EX-ONE」による工具鋼M2の積層実験を掘り下げる

バインダージェット「EX-ONE」による工具鋼M2を使った積層実験論文(2024年)をまとめました。工具鋼として必要な焼結体組織の健全性という切り口で深く研究されています。たいへん勉強になるすばらしい研究論文です。

参考文献:「Additive manufacturing of AISI M2 tool steel by binder jetting (BJ): Investigation of microstructural and mechanical properties」、Journal of Manufacturing Processes 132 (2024) 686–711 、Amit Choudhari 、Mechanical Engineering Department, Cleveland State University, Cleveland, OH, USA、他

粉末:SANDVIK社(米国)ガスアトマイズ法、AISI M2 HSS粉末、平均粒径10μm

バインダー:Aquafuse (BA005) 水性バインダー

BJT:EX-ONE 

1. 積層(印刷)プロセスの最適条件

Layer Thickness(積層厚み): 50μm 

Binder Saturation(バインダー飽和度): 70%

Oscillator Speed(オシレーター速度): 2,700 rpm

The recoating speed(リコート速度): 24 mm/s

Roller Rotation Speed(ローラー回転速度): 250 rpm

Roller transverse speed(ローラー移動速度): 24 mm/s(リコート速度と同期)

Binder Set Time(定着時間): 5 sec

Drying Time(乾燥時間): 15 sec

2. 脱脂(Debinding)プロセスの条件

第1ステップ(溶媒除去): 150 °C まで 1.0 °C/min で昇温、60 min 保持

第2ステップ(ポリマー分解): 400 °C まで 0.5 °C/min で緩慢昇温、120 min 保持

雰囲気: アルゴン(Ar)ガス流量 2 L/min の不活性雰囲気

3. 焼結(Sintering)プロセスの最適値

焼結温度(Sintering Temperature): 1,280 °C

保持時間(Holding Time): 60 min

雰囲気(Atmosphere): 高真空10-4~10-5Torrまたは アルゴン+水素(Ar + 5%H2)混合気流

冷却速度(Cooling Rate): 空冷(Air Cooling)

*1,280 °C × 60 min + 空冷の組み合わせが、過度な液相による自重変形を起こさず、最も高い圧縮強度(3,580 MPa)と健全な微細組織(微細に分散した炭化物組織)を得られる。

【珈琲ブレイ句】実験では、平均粒径5μmの粉末も用意されましたが、予備実験の不良率が80%と高いため本実験には使用されていません。やはり微細粉末は流動性が悪いので、EX-ONEの標準仕様では使えないということですね。
 粉体の流動性を高めるために、「乾燥環境の管理」の重要性が説かれています。また裏技として、「湿った粉末の復活法」が2つ紹介されています。①180~200℃のオーブンで2-3H焼成する。②1~10torrの真空状態で10~15分間放置する。
 結論は、焼結後に空冷(Air Cooling)が良いとのことですが、この実験はおそらく管状焼結炉を使っているので試験片を、焼結直後に空冷できたのではないかと思われます。量産炉であれば、密度の大きなアルゴンガスを使って炉内の水冷クーラー(熱交換器)を回す方法になるのでしょうか? 工具鋼は組織の課題があるので難しいところです。




2026年5月16日土曜日

技術コンサルタントがネガティブに感じた事例①「テンパーカラー」

《前書き》

 技術コンサルタントとして現場を観察していると、ネガティブで深刻な問題に気づくことがあります。たとえば、「技術のブラックボックス化」や、「勘と経験」に依存した場当たり的な対応への回帰です。コンサルタントの役割は、こうしたリスクを可視化し、背景や原因を整理したうえで、改善策を提案することだと考えています。

 しかし実際には、提案が十分に受け入れられず、大きな改善につながらないケースも少なくありません。その背景には、現場側の「変化に対する不安」や、「外部からの指摘に対する抵抗感」があるように感じています。強く指摘すれば関係性を損なうので、現実には難しいバランスが求められます。

 【珈琲ブレイ句】

 前日のブログでも書きましたが、寸法のチューニング目的で焼結温度を下げる対策などもネガティブな事例です。ここで、もうひとつネガティブな事例を紹介しておきます。

『MIMの脱脂焼結工程で、焼結体にテンパーカラーによる表面変色がついたため、対策として、アルゴン圧力コントロール下での焼結が完了したのち、炉内冷却前に、アルゴン(窒素)を封入して外気圧より炉内の圧力を高くする。その結果テンパーカラーが無くなった。さらに、この条件が標準になっていた。』

 現場は「炉内を陽圧(大気圧より高く)にすれば、外気の巻き込み(酸素の侵入)が防げて変色(酸化)を抑えられる」という近視眼的な「対策」です。ここには大きな3つの問題があります。

1. 冶金学的な問題

 変色の「真因」の追究が不十分である。

 テンパーカラーが発生したということは、炉内の高温域、あるいは冷却の特定フェーズにおいて、許容値以上の酸素が存在していたことを意味します。その根本原因としては、炉体や配管・バルブからの微小なリーク、あるいはガス導入経路での大気巻き込み等が考えられます。しかし、この現場対応は「大気が入ってくるからガス圧を上げて押し返す」という対症療法に留まっています。高温焼結中のリークは、そのまま問題が表面化することなく継続していきます。

2. 設備保全管理の問題

 リークの根本原因を特定し、恒久対策を迅速に講じる設備管理体制(システム)が機能していない。

3. プロセス管理(再現性)の欠如

 「焼結完了の段階でアルゴンや窒素を封入する」という個別のオペレーションが、一時的な応急対策であればやむを得ませんが、現場の裁量に依存したプロセス管理では、長期的な品質の再現性に懸念が残ります。この運用が仮に社内標準として定着しているのであれば、品質管理・QCDを組織的に統制すべき技術部門の「技術統治(技術ガバナンス)」が脆弱である可能性を示唆しています。


関連BLOG:「テンパーカラー」は「MIM設備保全の警告信号」


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