2025年7月30日水曜日

ゲルキャスティングを深堀する

Metal AM分類の焼結を行うSinterbased Metal AM(SBAM)の仲間のゲルキャスティング(Gel Casting)を掘下げます。

ゲルキャスティングは型を使うのでAMじゃないと突っ込まれそうですが、今回は型を3Dプリンターで作ることでAMの仲間として紹介します。特徴は、大物が可能(真空乾燥が一次脱脂となるため)、安価、複雑形状、少量生産向きです。

《工程概要》①3Dプリンターで樹脂型を作る→②ゲルフィードストックを流し込→③60℃で加熱し固化→④型から外す(離型できないものはそのまま次工程へ)→⑤室温で真空乾燥→⑥(型を熱分解)+二次脱脂・焼結

《材料の一例》モノマー:アクリルアミド、架橋剤:メチレンビスアクリルアミド。モノマーのラジカル重合反応の開始剤:過硫酸アンモニウム、触媒、分散剤、金属粉末(MIM用粉末)

《ゲルスラリーの作成》モノマーと架橋剤を30:1の固定質量比で混合しゲル形成剤を調製する。次に、室温でゲル形成剤を脱イオン水に溶解しプレミックス溶液を調製する。さらに、大型で高密度の金属粉末の沈降を防ぐため、プレミックスには適切な懸濁剤を使用する。次に、金属粉末と消泡剤をプレミックス溶液に添加する。得られたスラリーを窒素雰囲気下で24時間ボールミル粉砕し、低粘度で均質なスラリーを作る。

《成形~焼結》真空脱気後、開始剤と触媒を添加したスラリーを型に流し込み、60℃で2時間保持することでゼラチン反応を十分に進行させ、スラリーが所定の形状とサイズの部品に固化することを確認する。脱型後、成形体を室温で真空乾燥させ、金属粉末の一般的な焼結条件で焼結する。成形品が脱型できない場合は、樹脂型ごと焼結炉に入れて熱分解消失させる。

【珈琲ブレイ句】3Dプリンターの型ごと熱分解消失させるのは私の思い付きですが技術的には可能*1です。また型に流し込むという手軽さが魅力的ですよね。下記の研究事例ではGA粉末SUS316L(平均径17.4μm、TD=4.9g/cm3)で焼結密度(水素雰囲気中1350℃×2時間)=7.75g/cm3、TS=493MPa(>MPIF:455MPa)を出しておりかなり優秀です。

参考文献:Journal of University of Science and Technology Beijing Volume 14, Number 6, December 2007, Page 507 ,Yan Li, Zhimeng Guo, and Junjie Hao ,Materials Science and Engineering School, University of Science and Technology Beijing, Beijing 100083, China (Received 2006-12-15) 

*1 MIMにおける樹脂中子の熱分解で実績がある。残渣が残らない樹脂の選定や樹脂の熱膨張の影響を逃がすような型設計が必要。

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2025年7月25日金曜日

MEXで使う金属コンパウンドの4つの形状について

 【珈琲ブレイ句】Sinterbased Metal AMの中の、MEX方式の3Dプリンターに使用する金属コンパウンドの形状が4種類あることについて共有化します。

《①フィラメント》現在大ヒットしているのは、装置が安価なFFF方式のものです。つまりフィラメントを使うもの。フィラメントには、最終の焼結体の品質(形状精度、化学成分)に絞った開発ができない事情があります。それは、フィラメントとして折れないこと、ギヤ送りが可能なことなどのフィラメントとしての要求品質をクリアする必要があることです。したがって、一番普及する可能性が高いFFF方式の実力の最適化(焼結体の最終品質をどこまで上げることができるのか、技術成熟度レベルTRL8から9へ)が注目されており、一番の市場ニーズです。

《②棒状》丸い鉛筆状の金属コンパウンドを使うStudioSystemのBMD方式(Bound Metal Deposition)があります。国内では「さかきテクノセンター」に、BMD方式のStudioSystem2が導入されています。最新の「ver.2」ですが、ちゃんと溶媒脱脂装置もセットで購入しています。理由は、おそらく多種材料に対応するためには溶媒脱脂が必要という判断ですね、流石です。10月上旬に、さかきテクノセンター所蔵の金属3Dプリンタの実演も見学できるようです。下記リンクへ。

さかきテクノセンターのBMD方式StudioSystem2の仕様

さかきモノづくり展2025/10/3-4 開催中は常時StudioSystemの実演を見ることができるそうです、見てきたらここで報告します。

《③ペレット》粉砕材やペレットを使う3D-MEX(FPF方式)はすでに登場しており、高価な設備です。いかに安価にするのかが普及の課題でしょう。この材料はMIMの高精度フィードストックを転用することができる可能性があります。

関連BLOG:ペレットを想定した新しいMEX式3Dプリンター情報

《④ペースト》最後に固体ではないペースト状のコンパウンドを積層するMPD方式(Metal Paste Deposition)を仲間に加えておきます。2024年の展示会で知りました。ペーストは約10wt%の水分と金属粉末で作られ積層直後の加熱乾燥(ハロゲンランプ)で水分を蒸発させ約1%の結合剤だけを残すものです。「積層体がいきなりブラウン体」という差別化技術が魅力です。でも課題もあります、下のBOLGで確認してください。

関連BLOG:メタルペースト積層(MPD)を掘下げる


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2025年7月21日月曜日

《特許深堀》MEX方式3Dプリンター用組成物

特許第7552125号(出願2020/7/31)、発明の名称:成形用組成物および三次元造形物の製造方法、特許権者:セイコーエプソン

課題:粘度を低くしても造形物の良好な形状精度を得ることができる成形組成物を提供する

解決手段:粉末とワックスと接着剤と成形成分と可塑剤を含み、接着成分は190℃でMFR200g/10min以上であり、可塑剤の密度が1.0g/cc以下である組成物

実施例1

【珈琲ブレイ句】バインダー成分の一部に「接着成分」という言葉を使っているのがユニークです。まさに「接着剤:BONDFAST(R)」を混ぜています。高分子化学者の発想で金属粉末との化学結合を利用するものです。そのボンドはMFRが高いものが有効で流動性重視の設計になっています。また、可塑剤多めなのでフィラメントとして折れを防止している可能性があります(ただしFFFに使う旨の記載はありません)。凄いところは金属粉末量を多量の65vol%にしているところです(FFFではなくFPF,BMD用かも?)。これで低速射出で積層造形できるのは立派です。この粉末量(バインダー量35VOL%)であれば、収縮率は1.2を切って1.15~1.17程度の高精度が期待できます。ただし、明細書には、脱脂・焼結に関する技術情報が見当たらないので実効性は不明です。

2025年7月20日日曜日

戸田社長の単行本「困難上等」を読んで

 【珈琲ブレイ句】戸田拓夫社長が著した単行本『困難上等』を拝読しました。ロストワックスとMIM製造の中小企業であるCASTEMの社長が綴る内容は非常に興味深く、当時の私の疑問を解消してくれる困難エピソードがいくつかあり、それらを読み解く中で、まさに「腑に落ちる」という感覚を覚えながら一気に読み終えました。

戸田社長の成功の鍵は、PDCAサイクルを回すよりも、「DCAPサイクル」思考で行動する点であり、それが魅力だと感じました。これはまさに、大企業では難しい中小企業ならではの強みでしょう。

2015年から始まった「夢構想発表会」からは、自社商品開発、高付加価値農業、そしてかつてない新技術を生み出す事業が次々と生まれています。これらの事業は、企画書不要で、立ち上げから5年間は本業の利益の5%を企画開発費に回すという点が特徴です。たとえ商品化に至らなくても、決して悪い評価は下さないという徹底ぶりです。まさに行動が先行する「DCAPサイクル」が貫かれています。こうした信念と覚悟があるからこそ、新卒採用に800人もの学生が殺到する魅力的な会社になっているのだと確信しました。

戸田社長の単行本「困難上等」AMAZON


2025年7月19日土曜日

最近のPOMは目が痛くない件

【珈琲ブレイク】先日、都立大学の研究室を訪問した際、興味深い話を耳にしました。最近のPOM(ポリアセタール)を使ったMIMフィードストックの混練作業では、以前のように目が痛くならないそうです。5年前に涙目になりながら混練研究をしていた頃から、POMはかなり進化しているようです。何が改善されたのか調べてみました。

涙目の原因:まず、POMの混練で目が痛くなる原因は、加熱中にPOMからホルムアルデヒドが発生するためでした。これが、かつての涙目の犯人です。

改善の鍵:では、何が改善されたのでしょうか。おそらく、その鍵は「アミン処理」にあると考えられます。海外の論文によると、POMにあらかじめ少量のプロピルアミンを混ぜておくことで、POMが加熱されてホルムアルデヒドが発生した際に、このアミンが「scavenger(捕捉剤)」として働くとのことです。アミンがホルムアルデヒドと化学的に反応し、別の安定した物質に変化することで、ホルムアルデヒドの発生が抑えられるという仕組みです。

現在市販されているMIM用のPOMには、このようなアミンが配合されている可能性が高いと考えられます。この技術によって、作業環境が大きく改善されたのです。

参考文献:On amine treated polyoxymethylene (POM) blends with low formaldehyde emission for metal injection moulding (MIM)  August 2022Journal of Materials Science 57(2):1-11

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2025年7月15日火曜日

MIMのフローマークの原因をシミュレーションソフトで考える

【珈琲ブレイ句】MIM成形において、黒っぽいフローマークやゲート周辺の変色縞が見られることがあります。これらは、粉末濃度の分布差に起因する不良です。この現象について、シミュレーションソフトの解析から考察してみましょう。

不良発生のメカニズム

主要な原因は『せん断率(Shear Rate、せん断勾配、せん断速度)』が金型キャビティの場所によって変動することです。

なぜ、せん断率が変動するのか:ランナを流れてきた材料の流動速度は、流動している場所の断面積で変化します。たとえばゲートの断面積はランナー断面積より相対的に小さいので流動速度(せん断率)は高速化します。

なぜ、せん断率が変動するとフローマークやゲート周辺の変色縞が発生するのか:MIMフィードストックは擬塑性流体です。せん断率(速度、圧力)が高くなると指数関数的に粘度が下がります。つまり流動性が向上します。また、キャビティ内の狭い部分(製品の薄肉部位)ではせん断率が上昇するだけでなくバインダー分離(偏析)が発生し粉末濃度が上昇します。その濃度が局所的にCSLを超えた部位ではダイラタント流体の様な性質が発生し流動が瞬間的に停止すると考えています。また、フローフロントのせん断率が上のいろんな波動の影響を受けます。これらの粉末濃度の差が線状痕として残るのです。

//シミュレーション解析によるアプローチ//

これらの現象をシミュレーションで解析する際の代表的な特性値は、粉末濃度とせん断率の2つです。制御因子は、方案設計(ゲート方式、ゲート位置、ゲートサイズなど)と成形条件(射出温度、金型温度、射出速度、射出時間など)が挙げられます。

注意:ある解析事例では、射出時間を長くすることで粉末濃度差が小さくなりフローマークが低減できることがわかりました。でも、射出時間を長くすること、つまりせん断率を下げることは流動性が悪くなることです。流動性が悪いと他の成形品質の低下を引き起こす可能性があるので、交互作用の研究が必要になります。木を見て森を見ずという研究は避けたいものです。

シミュレーションで森を見る:シミュレーション解析を用いることで、事前に方案と成形条件の最適化が可能となる時代になりました。さらに、田口メソッドのパラメータ設計(2 列間の交互作用が特定の列に現れない混合系直交表L18)を使えば、現場で安定して使える最適条件を設計することができるという確信が強まりました。

おまけ:私が知るMIMで実用化されているシミュレーションソフトは2つ、「SIGMASOFT」と「Moldec3D-PIM」です。

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2025年7月14日月曜日

比重に単位g/cm 3を付ける日本の慣習

 【珈琲ブレイ句】あるMIMメーカーで、比重に単位g/cm 3を付けていたので間違いだと指摘しました。 後日、脳のシステム2が動き出し、もしかすると間違いではない可能性があると思ったのでAIに尋ねてみました。そのAIの回答は「日本国内の慣習から、間違いだと強く否定することはできない。」というものでした。・・・・・エンジニアとしては納得できないけど、日本の慣習なら仕方がない。


《AIの回答》

物理学的な定義: 物理学における「比重 (Specific Gravity)」は、あくまで基準物質(通常は水)に対する密度の「比率」であり、単位が打ち消し合うため無次元量です。したがって、厳密には単位 g/cm3  を付けるのは誤りです。

日本国内の慣習: しかし、特に材料科学や一部の工業分野において、日本の現場では「比重」という言葉が、実質的に「水の密度を 1.0g/cm3 とした場合の、その物質の密度値(単位付き)」という意味で使われることが非常に多いです。これは、水との比較を意識しつつも、具体的な密度値を知りたいという実用的なニーズから生まれた慣習と考えられます。

例:「この部品の比重は7.8g/cm3 だ」といった表現がよく用いられます。これは「密度が7.8g/cm3 であり、これは水の7.8倍の重さだ」という意味合いで使われています。

結論:したがって、学術的な論文や国際的な基準に厳密に従う必要がある場合は、比重に単位を付けるのは避けるべきです。しかし、上司の指示のように日本国内の特定の現場や業界内でのコミュニケーションにおいては、比重に g/cm 3  の単位を付けても「間違いである」と強く指摘されることは少ないでしょう。これは、その業界内での共通認識や慣習として確立されているためです。

関連BLOG:相対密度を考える

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2025年7月4日金曜日

金属3Dプリンター(BJT)研究発表からの学び

 第33回品質工学研究発表大会RQES2025Sより、Sinter Based Metal  AM(MIM Like AM)であるバインダージェットBJT方式の精度向上・安定化に向けた試行検証の発表から技術的ポイントをまとめておく。

《基本機能》信号:CADデータ(STL) 出力:テストピース(角ブロックの45度回転3階建構造)の形状寸法 の転写性(動特性)

《結果1》8種類の誤差因子によるL18実験より、ローラー使用回数と粉末使用回数の2つで寄与率83%を占めている。

《結果2》制御因子としてローラー表面処理6水準を含めた7因子のL18実験より、SN比(精度)の寄与率の高いものは、ローラー回転数(27%)、使用粉末(22%)、ローラー表面処理(17%)、ローラー移動速度(14%)である。

第33回RQES2025S発表番号8「金属3Dプリンタの精度向上・安定化に向けた試行検証」安井太一ら、YKK株式会社 発表日2027/7/3

【珈琲ブレイ句】精度に大きく寄与する因子グループは、「金属粉末(種類、使用回数)」と「リコート(ローラー表面品位、接触速度ベクトル)」が重要であることがわかります。金属粉末では、SN比(精度)が高いものは感度(収縮率)も高い関係があるので、おそらく高タップ密度でかつ流動性が高い球状粉末が有利だと思われます。さらに粉末を繰り返し使用すると造形品質が悪くなっています。また、リコート工程では、ローラーの表面品位と粉末との接触速度ベクトル系が大きく造形精度に影響することがわかります。従って、ローラーの表面をTiN等のPVDコーティングで耐摩耗性を上げて高寿命化し、表面の粗さを超仕上げでサブミクロンにするのが理想的なのかもしれません。すばらしい研究報告でたいへん勉強になりました。